2012年06月

 句会、季記の会があった。何と今回で80回目、20周年という記念の会である。うーん、20年になるのか。光陰矢の如しと言うが、この言葉は光陰というのは、ああ矢の如しだなあという大変に含蓄のある言葉なんだそうで、と志ん朝師匠がよく高座でおっしゃっていた。

 今回の会場は上野池之端の亀屋一睡亭、鰻屋である。落語協会会長のお気に入りの店でもある。兼題は「競馬」と「えごの花」。このえごの花が分からない。当日、会場で教えてもらったが、どうもはっきりしない。何となく、感覚で作るしかない。席題は「木下闇」、こしたやみと読む。

 アタシの作  「ダービーの鉄傘に散る紙吹雪」 
          「老いの道みなそれぞれのえごの花」 
          「たちまちの座頭になりぬ木下闇」

  ありがたいことにすべての句に点が入った。しかし、決め式で今回の幹事の点数より上の人が次回幹事ということになるので、あんまり点数が入りすぎるのも困りものなのだ。今回はちょうど良かった。その上、うれしいことに、えごの花の句を天に抜いて下さった方がいた。苦し紛れで作った句を選んでいただいて何とも恐縮。

 アタシが天に抜いた句。 「荒波をつくりて走り競馬(くらべうま)」。 馬の競い合う様を荒波と表現したのが、実にいい。
 おいしい料理をいただきながら、不忍の池を臨んで名句を詠む。何とも風流ではないか。次回は果たしてどこで行なわれるのか、今から楽しみである。でも、句がどうしても出来ない時は、句が苦に通ずるのである。

 7月6日の独演会で98回目を迎える。10月には99回となり、来年1月16日にはついに100回目を迎えることになる。今から、いろいろ案を練って、まんじゅうをこさえる、じゃあないよ、何か趣向をと考えている。といっても特別どうこうというわけでもない。

 家人にその話をしたら、思いのほかいろんな意見が飛び出した。いわく、木戸銭を3千円にしてお土産をつけようと言う。何を土産にするのかと訊いたら、和菓子がいいと言う。やっぱりまんじゅうだ。その他、ゲストは誰々がいいとか、チラシは総天然色で顔写真入りでどこそこに頼めとか、打ち上げはどこそこがいいとか、いろんな注文を付けて来る。

 たしかに100回の節目だから、いろいろやりたい思い入れはあるが、あれもこれもとなると手配だけで疲れてしまう。会場は押さえたんだが、いろんなプランはこれからだ。家人も総出で手伝ってくれるというので、もう少し意見を聞いてからまとめようと思う。

 だけど、チラシだけは今回は金をかけて、いいものを作りたいと思う。
 新聞屋とかけて、すし屋ととく。そのココロは毎日チラシ作りで苦労してます。

 町内の祭りも無事終わった。3日間のうち、16日の土曜日は東洋大学校友会城東支部の総会が浅草ビューホテルであった。こちらは参加しないわけにはいかないので、出かけてた。浅草ビューホテルも落研同期のK支配人がいた頃は婚礼司会でよく行っていたが、Kがいなくなってからはトンとご無沙汰だ。

 10時に4Fの飛翔の間に集合、袋詰めの作業を役員全員で行なう。10時半になると、続々と校友が集まって来た。総会の途中、アタシは会計鑑査を任されているので、会計に間違いがないことを報告する。その後、墨田支部の次期副支部長に任命される。墨田区は人数が少ないので、いやでもやらされることになってしまった。

 総会も無事済んで、懇親会に入る。城東支部は芸人が多くて、アトラクションには事欠かない。Iさんのシャンソン、K氏のマジック、M氏のカントリーソング、アタシの落語、もっとも、この日は落語は出来ないので、ひさびさに字噺の酒シリーズをやってみた。やっぱり、これはウケる。

 お開き後は、有志で近くのN氏の経営するスナックWへ向かった。アタシはサニーホールの落語会申し込みの締め切りが迫っていたので、日暮里まで足をのばしてから店に向かった。満員だ。30人ほどが押しかけていた。こんなに客が入ったのを見たのは初めてだ。

 もう、みんな下地が出来ているので、グラス片手にカラオケ大会になっていた。こないだの校友大会でカラオケのど自慢があったので、来年は誰が出場するかの予選会みたいになってしまった。その後、カラオケ大会は延々と続いた。
 
 カラオケとかけて、はたちととく。そのココロはジュークの後にやってきます。分かるかな、分かんねえだろうなあ、イエイ。

 

 第一回ふっこ寄席が終わった。この落語会は「そばと落語の楽しいひととき」という会の流れで生まれた会で、その蕎麦屋の会に来て下さったお客さんが出入りしていた店で始まったものである。今から1年半ほど前、蕎麦屋の会が終わってから、蕎麦屋の社長とアタシが常連さんたちが通う、その居酒屋に呼ばれたのが発端である。

 その時にアタシが「この店で落語会をやれば、わざわざ蕎麦屋まで行かなくても済みますよ」か何か言ったらしい。その後、その店が改築のため、しばらく店を閉めることになり、その店に行くこともなくなっていたのだが、前回の蕎麦屋の会に店のおかあちゃんが来てくれて、店が新しくなったので落語会をやろうということになったのである。

 店の作りは以前と変わりないので、座敷とカウンターと合わせても20人も入ればいっぱいである。座敷の方に高座をしつらえてバックは物干し竿にシーツを掛けて、センターに何やら派手な模様の大きな布が垂らしてある。それでも何とか高座らしく見えるから、落語という芸は実に安直である。

 初回ということもあり、満員札止めである。出し物はお客さんの要望で「牛ほめ」と「短命」の二席。場所は世田谷区であるが、お客さんは下町風情の方が多いので、気楽に楽しんでいただけて大助かりだった。何の違和感もなく大いに笑っていただいた。

 終わってからは、いよいよお待ちかねの宴会だ。皆さん、店のご常連で顔なじみばかりなので和気あいあいと酒が進む。途中、民謡を披露して下さる方もいたりして、いい雰囲気のうちにお開きとなった。この分なら今後も続けることが出来るだろう。

 この日の宴会とかけて、千葉県のはずれととく。そのココロは、ボウソウすることなく、ほど良くチョウシが進みました。

  6月15,16,17日の3日間は町内の祭りがある。先日の日曜日、そのための準備が行なわれた。去年は東日本大震災の影響で中止になったが、今年は盛大に執り行われる運びである。祭りといってもアタシの住んでいる1丁目と2丁目だけだから氏子の数も知れている、ごく気楽な祭りだ。

 ウチのはす向かいの蔵から神輿や山車を引っ張り出して、神酒所や本部のテントを張り、角々に高張り提灯をかかげる。特に面倒なのが神輿や山車の綱張りである。何しろ1年おきにやるのだが、すっかり忘れていて、張るたんびに解説書と首っ引きだ。

 アタシは途中、仕事のため抜け出して、渋谷のNHKに向かった。久々のNHKである。この日はEテレの「デザインあ」という番組である。調べてみたら、土曜日の朝に放映されているようだが、どんな内容なのか全く分からない。

 出演者は全員で7名だが、うち小学生が1名。アタシは大工の設定。ニッカボッカ風のズボンにチョッキ、ねじり鉢巻、黒足袋といういでたち。腰にはベルトを巻いて、ここに工具が差し込んである。これがことのほか重い。ズボンのベルトをしっかり締めておかないとずり落ちてくる。そして、左手にはバケツを持つ。

 何度か歩いて見せて、荷物を持った時と持たない時の正面、横からのスチール写真撮りをしておしまい。他にはサラリーマン、OL、登山家、写真家、小学生など…。一体、何を目的とした番組なのだろう。一度、見てみないと訳が分からない。

 それにしてもNHKは相変わらずスタッフの数が多い。この番組でも15人のスタッフが働いていた。民放ではこうはいかないだろう。昔はNHKは日本薄謝協会の略だ、なんて言ってたようだが、いえ、いえ、とんでもない。今はそんなことはありません。

↑このページのトップヘ