2017年02月

 毎年2月に国立演芸場で鹿芝居が行なわれている。鹿芝居というのはハナシカが演ずる芝居という意味である。この鹿芝居も今年で15回目だという。そして今年も10日間、11芝居のすべてが満席というのだから大したもんである。

 今年の出し物は「らくだ」である。落語の出し物であるが、実際の芝居でも何度も演じられたことがある。落語でも充分に面白いが芝居ともなれば、はるかに面白い。らくだと呼ばれるならず者がふぐに当たって死ぬのだが、この死体にかんかんのうを踊らせるのが見せ場である。

 今回の芝居は本来の「らくだ」のストーリーに「豆屋」や「たらちね」という落語を巧みに取り込んだものとなっていた。落語好きのお客さんには充分楽しんでいただけたであろう。脚本は芝居好きのSが毎回担当しているが、楽しみながら本を書いているのがよく分かる。

 開演前に楽屋を訪ねると相変わらず、笑いが絶えない。獅子舞をしている1人に訊いてみた。「だんだん年をとると獅子も辛いんじゃあないの?」「いやあ、お足のためだと思えば、どうってことないですよ」と言う。そんなに祝儀が集まるものかと客席に廻ってみた。

 2人の獅子が客席を廻って行くとお客さんが心得ていて、祝儀を獅子の口の中に差し入れる。それもほとんどが祝儀袋を差し入れているのだ。つまり、皆さん承知で祝儀を用意して待っているわけだ。さすが国立演芸場のお客様である。これなら、なるほど獅子もやりがいがあるというものだ。

 去年までは客席後方で立ち見だったが、今年から立ち見も出来ないというので後方のテレビモニター室から見るはめになってしまった。だから、大向こうから声を掛けることも出来なくなってしまった。幕開けと同時に馬生師匠が花道から舞台に向かった時に「木挽町!」と一声かけただけである。

運動不足解消のために散歩をしている。いつものコースは隅田川テラスである。今は中央区側が工事中のため、墨田区側ばかりを歩いている。お気に入りのコースは両国橋の中央区側から永代橋、そして佃島の高層ビル群を眺めながら歩くコースである。往復すると約1万歩になる。

 歩いていると、いろんな人と遭遇する。大体は犬の散歩をする人やジョギングの人。時には楽器を持ち込んで練習をしている人。また、歩きながら、セリフの勉強をしている人など様々だ。テレビドラマや何らかの撮影をしていることもある。スカイツリーや橋をバックにした絵が欲しいのだろう。

 そんな中、つい最近、「時蔵さんですか?」と声をかけて来た男性がいた。落語ファンなのだと言う。アタシを知っているとはかなりの落語マニアである。小さな犬を連れて築地から歩いて来たのだそうだ。築地からだと1時間半はかかる。そして、また築地に帰るという。「真っ暗になりますよ」と言うと、「懐中電灯を持っているから」と首から下げているのを指さした。

 この時期はまだ寒いので、散歩の方もまだ少ない。でも、犬を飼っている方はどうしても散歩に出かけないわけにはいかない。犬つながりで知り合いになってベンチで語り合う方も多い。これからもう少し暖かくなると、また新たな方がテラスに現れることだろう。

ブラブラ散歩していて、ただ一つ気を付けねばならぬことがある。見ず知らずの方から「ご自分の家、分かります?」とか「どちらからおいでになったんですか?」などと尋ねられることである。

 今年最初の深川落語倶楽部が終わった。今回で13回である。お客さんも郵便振替での申し込みに慣れて来たようで、早々と申し込みをして下さる方も多い。しかし、前日になって、あるいは当日になってからも前売りの申し込みをして来る方もまだいらっしゃるのも事実。当日売りの案内をして納得してもらう。

 この日はアタシに対する取材があって、江戸資料館に午後4時に到着。1時間ほどかけて型どおりの質問に一通り答えたが、写真は会場の高座写真と楽屋のものが必要とのことで、高座後方から撮ってもらった。最近はカメラの性能もいいので、後方からでも充分いい絵が撮れるようだ。

 その後、ちょっと時間があったので、打ち上げ会場に顔を出して会場に戻ると、入り口の階段に15人ほどのお客さんがすでに並んでいた。開場と同時に整理券を順番に配ってロビーに入ってもらう。整理券の配布は全席自由席なので、こうしないと入場の順番でもめることがあるからである。

 時間通り開演したが、開演までにほとんどのお客さんは席について下さる。これは高座に上がる者にとってはありがたい。みなそれぞれ都合があるから仕方のないことなのだが、開演してからぞろぞろ大勢入って来られると、出演者にとっても他のお客さんにとっても気になるものである。

 アタシは「身投げ屋」だったが、志ん生師匠と前座の志ん太さんのエピソードのマクラを交えてやってみた。Kは「抜け雀」だったが久々に演ずるそうで、どうも思ったような運びでなかったようで、噺の中で言い訳をしながら進めていたが、それはそれで自分の芸になっているから大したもんである。

 打ち上げは学生時代の友人たちとの宴会となったが、みなそれぞれいい年となって、年相応にそれなりの悩みを持つようになっているようだ。若いころには考えてもみなかった一面が見られ、年を取ることによって新たな楽しみ苦しみを味わうようになっているように見える。

 

 

 

 今年最初の余一ゴルフコンペが行なわれた。会場は茨城県笠間市のかさまフォレストである。参加者は20名。中には子供がインフルエンザなので休ませてくれという仲間もいた。アタシはT師匠夫妻の車で現地へと向かう。1時間45分程を見込んでいたが、1時間15分程で到着。

 会長のH師匠からの挨拶があり、いつも通りワイワイガヤガヤのスタート。風もなく穏やかな天気でいいスコアが出る予感もしたが、とんでもない。100を切ったのは3人だけ。太神楽のKのぶっちぎりの優勝。その上、ニアピンを3つも取るというKデーの一日だった。

 成績発表の宴会も無事終わって東京に戻り、T師匠の地元の新小岩で飲むことになったが、最初に入った大衆酒場はすごかった。いらっしゃいの一言もなく、「はい、ここ」と促されて席に着く。注文をとるのも「飲み物はなに?」といった応対。こんな店でよくやっているなと思いきや、客はどんどん入ってくる。アタシらは日本酒を注文。

 サラリーマンが多いが、中には20代とおぼしき女性が一人フラッと入って来て、日本酒をあおるという不思議な店である。確かに酒の肴は安いが、店のおばちゃんの応対がひどいので、1回で懲りて来なくなる客もあるようだ。T師匠もカミさんとたまにしか来ないという。

 2件目の店は立ち飲みの店。T師は馴染みのようで、お客さんみんなから声を掛けられていた。そして、そのたびに落語会のチケットを差し出してすぐに集金する、押し売りみたいなやり方。こういう売り方はこの師匠独特で、とてもアタシには真似が出来ない。これはもう、技術である。

 そんな中にアタシの住まいの近くに職場を持つ方がいたので、名刺を頂戴した。その方には次回のアタシの会の通知をすることにした。仲間によっては俺の客だから、そういうことをするなという人もいるのだが、T師はそういう方ではない。ここは心の広いT師に感謝である。

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